(寄留屈差出ニ付書簡、同案文、海軍大左福島敬典への紹介状)
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(寄留確認紹介状、帰郷届、寄留替届写綴)

(最寄村学校問題ニ付仲裁案支持紹介の書簡)

退役陸軍主計監濱名寛祐著書一部本学ニ寄贈ノ件及同人紹介ノ件

(東京留学三国氏より紹介くれ候ニ付書簡、三国氏書簡)

(福井市内学校問題ニ付、安川繁蔵より紹介依頼の書簡)

(此度鮎喰川原ニて御出兵軍事調練ニ付村々人馬往来差留)

文部大臣ヘ海軍造兵厰所蔵圧縮試験機会保管転換ニ関市紹介方上申

(福井治安裁判所武生出張所敷地・庁舎共同寄付ニ付褒状)

福井新聞(広告、「杉田鶉山君ノ紀念碑ニ四方ノ諸君ヨリ寄附金ノ広告左ノ如シ」)
福田博士からの公開状と総同盟 : 職業紹介委員辞退から : 鈴木氏に起った一問題

(天保14年5月改、此分不用ニ相成候所分、福井藩御用金、両森儀右衛門・糟屋伝左衛門へ差上)

助教授石藤豊太京都府外七県下巡回、御用掛川地方敬教授岩佐巌岐阜石川福井三県下ヘ出張ニ付随行、御用掛加藤敬介岐阜滋賀石川三県下ヘ巡回、助教授冨士谷孝雄千葉県下ヘ出張等ノ件

和宮様御下向ニ付 人馬御継立並諸入用御取調御用 御普請役 坂臺三郎様・同代り 飯原祐左衛門様 御登り諸事留
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る
Last Updated: 2021-07-07T01:00:14
Uploaded: 2025-03-06
