絵葉書「笠置山名勝」ゆるぎ石 人長周圍三十尺余の大石にして之を■せば兀々と動揺す よって此名あり

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絵葉書「アルバム」(笠置名所)ゆるぎ石(御料理旅館笠置菊水温泉)

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絵葉書「笠置山名勝」名切石 山道七丁目にある大石にして元弘忠死義士の名を刻せしむ震災に転覆して今は見

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絵葉書「笠置山名勝」皇居趾 絶頂三百余町歩の平坦の地なり石墻を圍らし皇居の遺趾たるを標す

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絵葉書「笠置山名勝」彌勒 高五十二尺 巾四十二尺護法祠の前に鬱蒼たる森林仙境に頽然一大石崖上に横たわ

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絵葉書「笠置山名勝」記念碑 山の北面半腹にあり高二十五尺巾二十尺の自然石に行宮遺趾の四大字左方に二品

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絵葉書「笠置山名勝」虚空蔵石 高四十二尺巾二十四尺弘法大師求聞持の法と修行と自ら彫刻せられし虚空蔵菩

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絵葉書「笠置山名勝」胎内竇 太鼓石の傍にあり 大岩石自然の洞門にして隧道の長さ五丈余なり

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「当秋罷下り 久々にてお目見え狂言」「名代石川五右衛門一代噺」 「下り 此村大炊之助 市川団十郎」

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絵葉書「アルバム」(對馬名所)厳原佐野屋橋 大正六年架換せられたる石棋フリーセンターにして棋一其の長さ三十尺

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[絵葉書]十二抱の杉 福井県大野郡石徹白村中居神社ヲ距ル二里 白山登山路傍にあり周囲六丈二尺直立二十五間余 千二百余年の老樹にして日本第一の大杉なり

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「江戸の花名勝会」「十一」「北組」「田舎そば」「二八楠田」「一子相伝角力赤膏」「兜あらためハ忠臣蔵の何段目」「□名手 本所」「元来牛じま也永代じま新地開発ありて本所と地名なるへし」「回向院境内勧進出角力」「ト二ッ」「つらいくがいを乗切る明智 白い仕かけで雲に龍」「ぬしゆゑにくらうつくしたくかいの此身もゆるむねの火不知火と」「しん上 両関さんえ ひゐき」「雲龍」「不知火」「高師直 坂東亀蔵」「少将の首を小桶に打入て寺より里へおくるはつもの」

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「しづかの前 中村芝翫」「狐忠信 関三十郎」「実このよろひを玉はりしも兄次のふが忠きんなり 八島のたゝかひわがきみの御馬の矢おもてにこまをかけすへ たちふさがる ヲヽきゝおよぶ其時に平家の方々は名たかきつよゆみ 能登守のりつねと名のりもあへずよつひいて放つ矢先はうらめしや兄つぎのぶがむないたにたまりもあへずまつさかさまあへなきさいごは武士の忠臣義士の名をのこすおもひいづるもなみだにて袖はかわかぬつゝ井づゞ」

「しづかの前 中村芝翫」「狐忠信 関三十郎」「実このよろひを玉はりしも兄次のふが忠きんなり 八島のたゝかひわがきみの御馬の矢おもてにこまをかけすへ たちふさがる ヲヽきゝおよぶ其時に平家の方々は名たかきつよゆみ 能登守のりつねと名のりもあへずよつひいて放つ矢先はうらめしや兄つぎのぶがむないたにたまりもあへずまつさかさまあへなきさいごは武士の忠臣義士の名をのこすおもひいづるもなみだにて袖はかわかぬつゝ井づゞ」

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

Uploaded: 2026-02-28