〔井上左太夫持参鉄炮蝦夷地より帰府関所通行ニ付留守居証文〕 : 蝦夷地御用井上左太夫手附持参鉄炮通行につき留守居証文

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鉄炮所持之証名面替願

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〔本多山城守鉄炮通行ニ付老中証文〕 : 本多山城守鉄炮通行につき証文

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覚(京都御守衛御用鉄炮通行ニ付証文) : 京都守衛御用にて鉄炮通行につき証文

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持参御用拘控(蝦夷地警備に関する費用等)

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「山名伊豆守持豊」「畠山左エ門佐義就」「武田大膳太夫信賢」

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〔松平下総守所替ニテ家中妻子下女引越ニ付関所通行証文〕 : 松平下総守所替にて家来妻子下女通行につき留守居証文

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覚(本多中務大輔所替引越通行ニテ女通方、女通済以後通方ニ付留守居証文) : 本多中務大輔所替にて家来妻子ならびに召仕の女通行につき留守居証文

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竹本甲斐守留守居格外国奉行に、竹本隼人正小姓組番頭格に、沢左近将監外国奉行免通知

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〔近衛内大臣養女仙台表下向ニ付輿之内改方不用之旨御用状〕 : 近衛内大臣養女下向につき留守居証文

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「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」

「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」

「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」

「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

Last Updated: 2025-07-15T01:26:19

Uploaded: 2025-07-16