
三好範長(長慶)禁制(きんぜい)

織田信長禁制(きんぜい、永禄11年、1568))
鉄鋼統制会長 : 平生氏兼任せん
鉄鋼原料統制 : 近く一元化実現せん
日鉄全重役が辞任 : 製鉄新体制の「指導者」として平生氏再登場せん
世界で指折りの製鉄国になる日本 : 理研の工学士花岡元吉氏が砂鉄製法の新発見
妥協遂に成立 : 揉みに揉んだ税制案も昨夜浜口元田両氏の折衝で小委員会において承認
監禁三英人の身代金百万元を要求す : 帰還を許したピアスト氏が海賊団の手紙を携行
神戸高工の新方針 校内の販売店は禁止 : 学生等不便をしのんで : お買物は一切元町まで
日葡海運開拓の使命を帯び香港に栄転せんとする元神戸駐在領事 : カストロ氏沈黙の雄弁
現地にては白紙也 : 国際労働会議の開期=除外例を要求する場合労資協調の必要=八時間労働制は原則=女子の夜業禁止・幼年工の年齢制限の原則如何 : 鎌田氏の国際労働観
満洲国では鋼材の消費統制を計画 更に輸出管理までに拡大せん/日銑(四、六月渡)建値更に大巾引上ぐ 噸当り七十円と決定/日鉄専任会長平生氏承諾せん 近く商相に確答/鋼材供給増加を日鉄に懇望 岸総務司長中井社長訪問
嵐の如き怒号と攻撃の矢と : 農商務省の労働協議会第一日 : 政府に反抗する気勢頗る昂く鈴木文治―水沼辰夫―須々木純一の三氏は相踵いで憤然退場 : 広瀬氏の失言問題に筋肉労働者猛り立って鉄拳騒ぎを演ぜんとするの大混乱

(役者カルタ) 「鉄炮洲 東国次郎 市村家橘 大当りだよ」「王子 佐藤忠信 中村芝翫 かくへつなものてござり升」「両国橋 白藤源太 沢村訥升 大できてござり升」「木場 花川戸助六 河原崎権十郎 さすが江戸つ子だよ」「初音の里 しずかごぜん 岩井紫若 何でもしずかにおしよ」「西新井 からすばゝあおしか 山中鹿蔵 おたつしやだよ」「柳ばし かうもり安 市川九蔵 めげめはないよ」「新吉原 大蛇丸の辰 市村羽左衛門 いつ見てもいゝよ」「白銀 新中納言知盛 大谷友右衛門 かくごはしてい升よ 」「目白 新造立花 坂東●五郎 おもしろみがあるよ」「日暮里 近江の源五郎 関三十郎 かんせいでいゝよ」「花川戸 げいしやおしゆん 坂東三津五郎 何事もかんしん/\」「大川ばた 佐藤正清 成駒屋 千人りきだよ」「水神の森 権太 坂東彦三郎 たてひきがあるよ」「中田甫 礼三 市村家橘 心のま事をあけて見せるよ」

(役者カルタ) 「鉄炮洲 東国次郎 市村家橘 大当りだよ」「王子 佐藤忠信 中村芝翫 かくへつなものてござり升」「両国橋 白藤源太 沢村訥升 大できてござり升」「木場 花川戸助六 河原崎権十郎 さすが江戸つ子だよ」「初音の里 しずかごぜん 岩井紫若 何でもしずかにおしよ」「西新井 からすばゝあおしか 山中鹿蔵 おたつしやだよ」「柳ばし かうもり安 市川九蔵 めげめはないよ」「新吉原 大蛇丸の辰 市村羽左衛門 いつ見てもいゝよ」「白銀 新中納言知盛 大谷友右衛門 かくごはしてい升よ 」「目白 新造立花 坂東●五郎 おもしろみがあるよ」「日暮里 近江の源五郎 関三十郎 かんせいでいゝよ」「花川戸 げいしやおしゆん 坂東三津五郎 何事もかんしん/\」「大川ばた 佐藤正清 成駒屋 千人りきだよ」「水神の森 権太 坂東彦三郎 たてひきがあるよ」「中田甫 礼三 市村家橘 心のま事をあけて見せるよ」
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る
Last Updated: 2025-01-31
Uploaded: 2025-04-15
