山居倉庫の側面 厚い土壁と2重構造の屋根が 収納米を暑熱から守る

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新政酒造の酒蔵

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秀吉が寄進した日吉三橋の一つ走井橋は板石の量感と流麗な意匠がみごとである

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現地に保存されている旧毛馬洗堰の一部(左)と旧毛馬閘門 淀川を新淀川(放水路)から分離して洪水を遮断するとともに舟運を確保す...

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津山に3か所あった舟着場の一つ 明石屋淵(安岡町裏)の常夜灯 金毘羅大権現と文化十五寅年の文字が彫られている

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街道から脇へ抜ける小路の一つ,御蔵小路。宿場町の家は,間口は狭いが奥行は深い。

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土蔵のみえる新居須集落

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吹屋西端の千枚の家並み 銅山が盛んなころ 千枚には坑夫相手の飲食店が多かったという 手前左は山神社の入口で 狛犬が見える

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〔左〕高萩市赤浜の長久保赤水旧居(前新屋・長久保甫氏宅)と旧浜街道

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プロムナードのギャラリイの窓

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御幸坑 元は五番坑と呼ばれたが明治14年の明治天皇行幸を記念して改名された

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海軍伝習所跡の石標 日本最初の科学技術教育機関でもあった

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左は玉川堰 下流に熱海頭首工が出来るまで五百川から安積疏水を分水していた 現在は五百川北岸の小用水のために使われている

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水田と清流 四万十川上流仁井田川の川岸

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3号堤防上から見た神野新田 現在の土地改良区に属する土地は830ヘクタール(耕地・宅地・養魚池) 約400戸が居住している

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元旅籠屋には2階窓を張り出した「出梁造り」や長短2本の繰り返し模様の「海野格子」が見られる。

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樽沢から渡部(遠景)へ向かう長根堰 文政年間に「流し掘り」法で開削され 今もほぼそのまま灌漑用に使われている

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80余年間煉瓦を焼き続けた窯の内部 幅・高さとも約2.6mの焼成室16が環状に連なる 左が出入口 右下に見えるのが支煙道

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現在の穴口堰頭首工(上流側より望む) 剣長根の岩脈は川岸で削り取られて慶長以来の旧穴口堰は消滅 代わって鉄筋コンクリートの近...

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城下町川越の繁栄は新河岸川舟運のたまものだ。

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川上村御所平 由井正治さんの蒸籠倉 平側に柱を入れて組板を継いだ大形の倉である 建築時期は3代前というから 幕末のころか

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山科運河 山科盆地北側の山麓をめぐってゆるやかに流れる 両岸には遊歩道が続き市民の憩いの場になっている 数か所にかんがい用の...

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崋山幽囚の家 永常は罪を得た崋山が田原へ護送されるのと入替りにこの家から立ちのいた 左手奥の小屋で崋山は自刃した

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千本松締切堤 宝暦治水工事で揖斐川と(長良川を合わせた)木曽川を分流するため築かれた 明治期の改修以後は揖斐川と長良川を分け...

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田辺の生糸倉

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最終更新日:

登録日: 2021-07-21