右一件牛尾山伏真成院彼是取扱仕付而金百疋拝領之事

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右二付、自御出生様金百疋拝領事

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松姫様へ献上仕候付同二百疋拝領之事

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重而取扱可仕分(金1000疋西坊法印殿・山本内蔵殿ほか)

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当春分拝借仕利足彼是返上の義奉申上書控奥書

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右新兵衛へ被渡御目御のし金弐百疋被拝領候事

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川浪助右衛門・崎川弥一・江島清八金百疋宛拝領之事

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西川八右衛門病気差出役方御免金二百疋拝領之事

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中尾次郎右衛門数年相勤候付金子拝領事

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福岡与惣右衛門・溝口神兵衛・三浦勘左衛門同二百疋宛拝領事

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大石次右衛門義御能方作物仕候付、米三斗拝領之事

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平野屋善兵衛明日出立仕候付、被渡御目御料理・御酒・金五百疋拝領事

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直員公御年賀之節鹿島ゟ御使者中林尉右衛門へ金百疋拝領之事

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柴田杢右衛門銀献上仕候付麻御上下御酒被為拝領候事

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山伏室暮坊正寿院御狩山之節毎度太儀仕候付銀五両宛拝領事

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先頃重茂公牛津御止宿之節成冨文之進へ金三百疋拝領ニ付御礼御使者事

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宗教公先達而桜岡御入ニ付、太儀仕候面々御年寄江副彦二郎・竹田文右衛門始其外拝領物之事

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日出島卯右衛門長崎利右衛門庄藤兵衛義上屋敷御老中御招請之節御給仕相勤候付金子弐百疋宛二丸ゟ拝領之事

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高木峻岩・星野九右衛門・中林四郎左衛門・藤山惣右衛門御能方伝受ニ付金百疋宛拝領之事

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包紙「享保十七年七月荒尾南関手永牛馬御祈祷被仰付金子拝領被仰付候節之書附下書也」

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村崎七左衛門・鴨打勘左衛門・伊東伝兵衛・橋本文右衛門・田島藤右衛門・兵動十郎右衛門・池上藤太・庄次郎太夫・松田与四右衛門・岩松七右衛門・西川八右衛門・久保藤十・深町判右衛門・千々岩弥左衛門・古館内蔵右衛門・石井権兵衛・益田平治・北島三折・牟田玄益、金百疋宛拝領之事

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兵動波門・蒲原平内・野口久左衛門・志波太郎右衛門・羽館兵斎・横尾弥左衛門・藤島善之允・松隈休左衛門・村岡権之允・長崎弥次右衛門・藤島左馬助・村崎卜也、御酒拝領之事

兵動波門・蒲原平内・野口久左衛門・志波太郎右衛門・羽館兵斎・横尾弥左衛門・藤島善之允・松隈休左衛門・村岡権之允・長崎弥次右衛門・藤島左馬助・村崎卜也、御酒拝領之事

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

最終更新日: 2020-04-16

登録日: 2021-07-27