書簡(子弟庄三郎ヲ牛ケ谷ヨリ養子ニ貰受、相伺)
(養子貰受願書下書)

一札之事(庄屋宅養子貰いニ付)

養子貰受タルニ付契約書(持参金15円)

家新築ニ而手伝ヲ受ケ其他色々貰物覚帳

書状(深浦町秋田屋勇吉弟聟養子に貰受及び名改に付報告)

喪ヲ受ケ休業ノ者ハ学業ニ関スルヲ以テ今後日数半限ヲ以テ出校ノ件ニ付再応伺

専門学務局長ヨリ医術開業等ノ試験挙行ニ付本学職員中ヨリ監督補助ヲ受ケ度旨依頼

書状(孫女方へ深浦町秋田屋より聟養子貰受け、20日婚礼及び名改に付)

書状(深浦町秋田屋より聟養子貰受及び与平治と名改に付お礼と報告)

南置賜郡万世新道ノ内栗子隧道西口ヨリ豊受姫尊神社ヲ望ム図

実業学校教員養成規定ニ依リ学資ノ補給ヲ受ケ卒業スヘキ見込者調ニ關スル件

専門学務局長ヨリ高等学校大学予科入学選抜試験施行ニ付本学職員中ヨリ監督補助ヲ受ケ度旨依頼

農商務省ヨリ依頼ノ旨ヲ以テ本学畜養ノ牛馬アラハ年歯内外種其他取調差出スヘキ旨文部省
「西孕牛ヶ谷に於て桐間家の賄薪差明通知写等」 (受取人:潮江村庄屋場・土佐郡山改、山廻役)
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る
最終更新日: 2021-07-07T01:00:14
登録日: 2025-03-06
