
吉屋信子・父雄一が佐渡郡長、5歳まで佐渡で育った。多数の小説作品を残した

佐渡で生産される大きな「おけさ西瓜」は昭和の初め頃から、島外出荷されていた

華やかに行われる佐渡高等女学校の運動会は、近在の見物客たちに人気があった

相川の佐渡鉱山は、島の象徴ともいえる 当時では珍しかった赤外フイルムで撮影

佐渡実科高等女学校の女学生たちの仮装姿、相川鉱山祭りの行列に参加するのか

南佐渡小木町は遊廓街で全国に知られた 琴浦出身の美人名妓、藤田キンさん(左)

南佐渡小木町の芸者衆たちが、木崎神社境内において、華やかな群舞を披露する

両津の七夕祭りが加茂湖で行われた。人間の競泳大会の他に、佐渡牛や豚も泳ぐ

佐渡では地蔵信仰が盛んだ。島には念仏講を行うお堂が点在する。金沢村大和田

明治時代末期から始まった佐渡大謀網漁は、漁獲量を増やす技術改良が行われる

大和田の辻清兵衛さんは、佐渡病院での患者さんたちを運ぶ、馬そりの馬方さん

第2期写真創世時代にサロンフォトが流行した、真野で催された佐渡写友撮影会

「世阿弥」が佐渡に流されたのは永享年間 神社には、仮設能舞台が用意されている

佐渡の桜の名所は随所にある。沢根町の沢根小学校校庭で、花見を楽しむ学生たち

南佐渡の名勝地、元小木海岸の矢島経島 島田を結ったまま、海水浴する小木芸者

佐渡島は、すぐれた伝統芸能と民謡の宝庫だ。島の風土にはぐくまれて成熟した

『表情のクロッキー』:(17)ギュギュストおじちゃんとママはね、ねんねしたかったの、おねむだから、でね・・・でね・・・でね・・・、わたしに「お庭で遊んでらっしゃい」って言ったの、でね、わたし・・・でね、わたし・・・うるさくしないで静かに遊んだの

『表情のクロッキー』:(17)ギュギュストおじちゃんとママはね、ねんねしたかったの、おねむだから、でね・・・でね・・・でね・・・、わたしに「お庭で遊んでらっしゃい」って言ったの、でね、わたし・・・でね、わたし・・・うるさくしないで静かに遊んだの

昭和11年に佐渡でバスガイド付きの本格的な遊覧観光が始まった。両津港バス停

昭和9年、遠浅な真野湾の河原田海岸に佐渡で初の複葉水上飛行機が飛んできた

佐渡のお盆は月遅れの8月。仏前を飾る品々を求めるために村人達が集まってくる

大正11年の夏に、碁盤波付近で佐渡写友会の撮影会が行われた。楽しさが伺える

ゴビエ町のシェルターから街道をはずれて22キロ進んだ山深いウォルケイ地区では、飢餓のために人が死に絶え、廃屋が風に鳴っていた

農民と支援学生が初めて闘争に参加、成田区役所前市営グランドで空港反対決起集会が開かれ機動隊と再三激しく衝突、戸村委員長ほか、155名が負傷、逮捕者数10名出した。又3月10日~31には400余名が負傷、逮捕者100余名
最終更新日: 2021-03-14
登録日: 2022-03-17
