
村山貯水池下堰堤取水塔

村山貯水池上堰堤取水塔
村山貯水池 下堰堤余水吐

村山貯水池上堰堤取水塔
鳥取市水道竣工紀念(貯水池・濾過池・貯水池堰堤)

村山貯水池上堰堤之一部

村山貯水池下堰堤取入口

下貯水池ヨリ下堰堤ヲ望ム

下貯水池ヨリ下堰堤ヲ望ム
山口貯水池堰堤施行方法

下貯水池ヨリ下堰堤ヲ望ム

(村山貯水池) 村山貯水池上貯水湖堰堤附近ノ絶景

(村山貯水池) 村山貯水池上貯水湖堰堤附近ノ絶景

村山貯水池上堰堤取水塔全景
村山貯水池 下堰堤取水塔付近

村山貯水池下堰堤取水塔附近

白水溜池堰堤水利施設 副堰堤

白水溜池堰堤水利施設 主堰堤

旧大湊水源地水道施設 沈澄池堰堤

旧大湊水源地水道施設 沈澄池堰堤

旧美歎水源地水道施設 貯水池堰堤
村山上貯水池ヨリ下堰堤ヲ望ム

(村山貯水池) 村山貯水池下堰堤事務所附近ノ絶景

村山貯水池下堰堤並ニ附近ノ全景

〔中〕滝ノ頭水源の池 用水開削後に堤を築いて貯水池とした

愛知県新城市桜渕の河港(川岸)跡 新城は馬背による陸運と豊川舟運との接点で 信州中馬や三州馬が付けてきた荷は ここから舟で吉...

北上運河(石巻市元明神付近) 全長12km幅25mのこの運河は現在はほとんど使われていないが ほぼ完全な姿で残っており野蒜築...

閉山した■原鉱山 吉井川高瀬舟の最後の荷はここの鉱石であった(■は木へんに册)

〔右〕現在の八丁橋付近 中央は芝川 手前が東縁通船堀の出口である 船頭たちもこの近辺に住んでいた

〔下〕現在の堀川(折尾駅付近)

木曾川にのぞむ八百津町 古くから木曾川舟運の終着地として繁栄した所で 今もその歴史の風格をたたえた静かな町である

樺崎砲台の記念碑と往時の面影を残す石垣(右) 安政2年の築造で設計には村田蔵六も関係したらしい

「五万石でも岡崎さまはお城下まで舟が着く」と古謡に歌われた岡崎城 下を流れるのは菅生川

山科運河 山科盆地北側の山麓をめぐってゆるやかに流れる 両岸には遊歩道が続き市民の憩いの場になっている 数か所にかんがい用の...

石屋根 対馬椎根

〔右〕アーチ形の満濃池堤防 右端は弘法大師修法の場と伝えられる護摩壇岩

養老町大牧の「薩摩工事役館跡」 御手伝普請に参加した平田靱負以下の薩摩藩士はここにあった豪農屋敷に本小屋(工事本部)を置いた

中は取水口から沼上隧道まで続いている旧水路(約3.9km)

神奈川県庁前の日本大通り 旧居留地と日本人街の堺に当たる 下水道を含めブラントンに整備された

岡崎公園のほとりを流れる疎水 このあたりの水路は第二疎水の完成時に拡張されている かつては荷物や遊覧客を乗せた船がのびやかに...

分水工から第2発電所へ向かう水圧管(内径0.8m) 斜面中央の建物は第3発電所 その奥では御影用水が谷をまたいでいる

今に残る中馬道 飯田を後に南西へ4里 阿智村大沢の庚申坂を過ぎ 伊那街道は寒原峠への登りにかかる 昔の往還のにぎわいを語るの...

城郭のような構えの西江家(坂本) 宝暦年間から本山鉱山で磁硫鉄鉱を採掘し ローハ(弁柄の原料)の製造を行ってきた 中野の広兼...

琵琶湖の流出量を調節する瀬田川洗堰(大津市南郷) 手前は明治38年に設けられた旧堰の遺構 遠景は昭和36年完成の新堰

〔右〕潮来河岸跡(茨城県潮来町) 近世初期は海船から川船への中継港であった

道路沿いに見られる高良山神籠石の列石。海抜100~200mの山腹を縫って延々と続いている。

津山に3か所あった舟着場の一つ 明石屋淵(安岡町裏)の常夜灯 金毘羅大権現と文化十五寅年の文字が彫られている

竜岡城(長野県南佐久郡臼田町) 日本に二つしかない五稜郭 内側の石垣を伊那の石工 外側の石垣を地元の石工と農民が築いたという...
最終更新日:
登録日: 2021-07-29
