ニシン漁に使われた船の模型

かつてニシン漁で栄えた古宇郡泊村 積丹半島西岸のこの一帯は「千石場所」として知られていた 海岸の磯に切り込まれた無数の船入澗...

「月夜の泊まり船」

木台月に時鳥泊り船蒔絵櫛

〔左〕ニシン漁に使った枠船(三半船) 建網に入った魚群をこの船の下に吊るした枠網に追い込む(花田家番屋の屋外展示)
これは飛んだ拾い物 : 温泉を発掘中に金鉱を掘り当てる

保育所いも掘り

保育所いも掘り

保育所いも掘り

保育所いも掘り

保育所いも掘り

保育所いも掘り

保育所いも掘り

保育所いも掘り

保育所いも掘り

保育所いも掘り

保育所いも掘り

保育所いも掘り

保育所いも掘り

停泊した船へむかう女たち

(溝を掘った土地)

(溝を掘った土地)

(埠頭に停泊する船)

〔中〕枠網から汲み船にニシンを移す大たも(余市水産博物館)

右は高炉台公園から見た東田高炉記念広場 第1高炉だけが保存されている ただし高炉には絶えず改修・改造が加えられたため 厳密に...

各砲台は星形または円形の土塁をめぐらしていた 西宮砲台の土塁の一部は現在も残っている(写真右) 勝海舟は操練所の生徒にこれら...

広瀬頭首工。取入れ口の位置は変わらないが,現在は発電所の排水を受ける形で取水している。広瀬井手は右岸に沿って流れていく。

下仁手付近の利根川 備前堀最初の取入口はこのあたりだが今は跡形もない 激しい河道の変化で取入口は転々と変わってきた

浦賀灯明台跡(横須賀市指定史跡) 浦賀の干鰯問屋は 運上のほか この灯明台の維持費も負担した

樺崎砲台の記念碑と往時の面影を残す石垣(右) 安政2年の築造で設計には村田蔵六も関係したらしい

現在の利根運河は都市用水補給を主目的とする導水路として新しい役割をになうことになった 利根川の水を新設の取水路から取入れて揚...

〔右〕現在の八丁橋付近 中央は芝川 手前が東縁通船堀の出口である 船頭たちもこの近辺に住んでいた

王子・滝野川工業化の原動力の一つは石神井川の舟運であった 左は印刷局王子工場

〔左〕北上運河と旧北上川の分岐点(石巻市)に設けられた水位調節用の石井閘門(時の土木局長石井省一郎の名をとった) 日本最初の...

吉井川中流の河港本和気(和気町)には舟番所もあった 河岸は改修されているが舟着場の面影を残す 川倉も残っている

入浜塩田の跡(旧高島浜の一部) 塩田面は平均潮位程度と低かったため盛土によってカサ上げされた 現在は道路が付けられ宅地化が進...

右は現在の坂出市西大浜 入浜塩田の盛期には水路の両岸に釜屋が建ち並び塩を運ぶ上荷船が行きかっていた

竜岡城(長野県南佐久郡臼田町) 日本に二つしかない五稜郭 内側の石垣を伊那の石工 外側の石垣を地元の石工と農民が築いたという...

愛知県新城市桜渕の河港(川岸)跡 新城は馬背による陸運と豊川舟運との接点で 信州中馬や三州馬が付けてきた荷は ここから舟で吉...

生野の町で見かけた旧鉱山社宅 くずれかけた築地塀に明治期の“官員様”の威風がかすかに残っている

満濃池に続いて大小の溜池も一斉にユル抜きを行い 中讃平野は本格的な田植えシーズンに入る 左は買田池(善通寺市)

黒川村塩谷の諏訪神社を中心とする一帯に “くそうず坪”群の跡があり 黒川村指定史跡になっている 近くには諏訪坪跡もある

安来港と十神山。戦国時代には、中海ににらみをきかす砦が十神山にあった。江戸~明治期には、米や鉄を積み出す船が港を埋める盛況だ...

〔右〕潮来河岸跡(茨城県潮来町) 近世初期は海船から川船への中継港であった

山科運河 山科盆地北側の山麓をめぐってゆるやかに流れる 両岸には遊歩道が続き市民の憩いの場になっている 数か所にかんがい用の...

大蔵永常が指導しサトウキビ栽培と製糖を行ったという仁崎(現田原町)左は三河湾

マインランド尾去沢 広場の奥に観光坑道の入口がある 総合センターの建物の上に長く見えるのは 鉱石運搬用電車の通路

中部電力小里川第一発電所(岐阜県瑞浪市) 大正11年 多治見電燈所により建設され ペルトン社製水車とGE社製発電機で発電を開...
最終更新日:
登録日: 2021-07-29
