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「創立第五拾周年記念懸賞論文審査報告」 高知縣立図書館報第四拾七號特別附録
電車敷設に先ちて市区拡張実現か : 知事の齎らせる土産は何? : 『五月の選挙前に』との急進論
全領土連鎖の英帝国中央銀行創立 : 経済政策発展に必要 : エコノミスト誌【十二日号】論文
英国一先ず安堵 但ケマルの出様如何が問題 (タイムス特電二十二日発)/近東善後会議 対土勧誘状の形式を討論 (国際倫敦二十二日発)

建築課ヘ工科大学助教授君島八郎工科大学助教授雇望月直蔵文部大臣官房建築課雇鵜沢辰之助栃木県土木工手小林信常日光植物分園護岸工事監督嘱託ノ件通知

「忠臣蔵十一段目 夜討之義士 追手組廿四人之像」 「太田六右エ門助武」「松村喜平秀直」「原郷右エ門元辰」「千崎弥五郎則休」「竹森貞七隆重」「勝田真左エ門武尭」「岡崎八千右衛門常時」「片山源二右エ門高房」「川瀬忠太夫正明」「堀江矢兵衛兼丸」「遠森祐右エ門正因」「海賀八右エ門友信」「岡野銀右エ門包秀」「速水惣左エ門満尭」「大星由良之助良雄」「立川勘兵衛家利」「知加松文六行重」「小寺孝右エ門秀富」「遠久田彦太夫重森」「味村三郎右エ門包常」「加頭与茂七教金」「芳田作右エ門兼定」「矢間重太郎光奥」「大鷲伝吾忠雄」

「忠臣蔵十一段目 夜討之義士 追手組廿四人之像」 「太田六右エ門助武」「松村喜平秀直」「原郷右エ門元辰」「千崎弥五郎則休」「竹森貞七隆重」「勝田真左エ門武尭」「岡崎八千右衛門常時」「片山源二右エ門高房」「川瀬忠太夫正明」「堀江矢兵衛兼丸」「遠森祐右エ門正因」「海賀八右エ門友信」「岡野銀右エ門包秀」「速水惣左エ門満尭」「大星由良之助良雄」「立川勘兵衛家利」「知加松文六行重」「小寺孝右エ門秀富」「遠久田彦太夫重森」「味村三郎右エ門包常」「加頭与茂七教金」「芳田作右エ門兼定」「矢間重太郎光奥」「大鷲伝吾忠雄」
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る
最終更新日: 2025-11-18T01:26:50
登録日: 2025-11-19