
口上(御先ニ拝見仕候)

寅八月天文方并ニ御見分 : 天文方并ニ御公義御見分之節下宿賄仕出帳
(御国人荷物改御役所建築に付見積書・御仕様書(写))
![[歴民カード_歴史] 鉢石馬町火消小屋御修復見分帳](http://khirin-i.rekihaku.ac.jp/iiif/nmjh_rekimin_h/11347180_02.tif/full/200,/0/default.jpg)
[歴民カード_歴史] 鉢石馬町火消小屋御修復見分帳
赤坂仮皇居・青山御所外構煉瓦積筋塀・練塀ほか仕様書・見積書

贈状之事(打見御役所御仕出しの炭500俵、大湊小越船3艘で積み送りにつき)

名東郡早渕村御蔵田分以西井懸リ先年洪水之砌砂入ニ罷成無水仕分並才田井懸リ右洪水ニ井筋埋リ無水仕分御見分願上書物帳
神代もしのばるる斎田点定の御用具 : 木曾材の古式な火鉢や大和風の炭とりなども完成 : 亀甲、波々迦木も納入さる
(高岡霊社経営に関する諸綴) ①辻御番所御賄米并炭・油・附木・焼真渡通帳 ②覚(境内諸普請の件など) ③御祭司役所道具調帳 ④高岡神田御貯籾新蔵江取賦ニ付乱俵計立減石見届帳 ⑤高杉組鼻和村高岡御神領田畑高反別上帳

石田嘉右エ門エ門衛申付、寄宿舎会食所用燈燭、福井数右エ門伺、寄宿生月俸、福井数右エ門願印鑑并御用文字提燈拝借、井数右エ門手代御門通行印鑑、予備校取開二付小使増雇、小遣給料、給仕給料、藤沢力之助エ護衛掛取締申付、大橋駿一郎外二名エ馬掛申付、加太太兵衛福井数右エ門エ賄方申付ノ件
総同盟全国大会(第三日) : 窓外に吹雪寒けれども場内舌火の弁に熱す 別子問題詰問委員成果を収めて還る 神戸提出産児制限案は朱唇の反対意見で撤回 鉱山虐使防止案可決、鶴丸印鍋の不買

①(道中御奉行所様へ嘆願の宿々ヘ年々頂戴のこと再願書案文) ②(道中御奉行所様へ嘆願の滞刎金取立、御下げのこと再願書案文) ③(宿助成のため滞利金取立、御下げ渡願) ④本陣脇本陣御手当被下候処 御貸附先相滞可被下付 萩野寛一 様内願仕候口上書之写(人馬刎銭貸附利金御手当て頂戴仰付願) ⑤(宿御手当金頂戴仰付願) ⑥(文化3年琉球人参府帰国の節他、人馬継立方諸入用手当として 宿々ヘ下置金書上) ⑦書状(五街道道橋御見分にて御勘定様御普請役様等来月加納宿 御昼に付触のお知らせ) ⑧書状(御公役様御廻宿に付宿助成2割増一件願書に付他) ⑨(道中御奉行所様へ嘆願のこと願書) ⑩乍恐以口上書御伺奉申上候(関ヶ原宿人馬賃銭刎銭溜御貸附金速 に返納の仰付示談願) ⑪書状(宿用金一件に付明後27日立ち申したきこと) ⑫(関ヶ原宿助成金一件に付掛、合筋のこと)

「尼崎町ノ一部 其ノ一」 撮影場所:築地町より中在家町を望む キャプション:尼崎町は戸數六千人口三万を有し南方は大坂灣に臨み土地平坦にして市街長方形をなす其地理は極めて海陸の運輸交通に適するを以て各種の會社爭ふて起業地とし爲に煙突は年年其數を加へ人口亦著るしく増殖して今や全く昔日の面影を改めんとす以下撮影するものは其の概況なり。 ふるさと「尼崎」のあゆみキャプション:北東から築地を望む(大正初期)左、大黒橋、左下少し見えるのは丸万橋。この辺りには木材屋、竹屋、船大工作業場などがあり、木材や竹の筏が多く見られた。 / 御大典紀念献上 尼崎市写真帖
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る
Uploaded: 2026-02-28
